【インタビュー】映画『サムライせんせい』の監督:渡辺一志が語る高知愛「あとは僕が高知県へ移住したら完璧」
幕末・明治維新150周年記念作品として製作された映画『サムライせんせい』。物語は高知県出身の幕末の志士・武市半平太が現代にタイムスリップして学習塾の先生を手伝うことで繰り広げられる痛快ストーリー。原作は現在も人気連載中の黒江S介の同名コミックス『サムライせんせい』(リブレ刊)。
全国公開に先駆け、高知県をはじめ山口県・佐賀県・鹿児島県と薩長土肥にて先行公開。(先行公開は2017年11月に行なわれました)
そして、ついに待望の東京公開が2018年11月中旬に決定!!
※詳細は公式ホームページにて
http://samuraisensei.com/
撮影はもちろん、学習塾の生徒役も地元高知の一般の子どもたちからオーディション選出するなど、まさしく高知県生まれ高知育ちの映画です。俳優さんたちは違いますが・・
主人公の武市半平太を演じた俳優の市原隼人さんも、クランクアップ後のインタビューで「高知のみなさんがいなければこの映画はできなかった」と語っています。
映画『サムライせんせい』がいかに生まれたのか?
高知ロケで出会った「高知県」とはどんな場所だったのか?
映画についてはもちろん、パティーナ的にお聞きしたいことがいっぱい。
メガホンをとった渡辺一志監督とは、十ウン年来のお知り合いということもあり、ワガママを聞いてくださり全国公開に先駆けてインタビューさせていただきました。(取材日:2017年10月)
導かれるように出会った「サムライせんせい」
まず「サムライせんせい」との出会いからお聞きしたいです
そもそもの映画のスタート地点は、お笑い芸人X-GUNのさがね正裕さんから「高知の有志で高知を舞台にした映画を作りたいらしいので、一度話を聞いてほしい」と相談があったことからです。
さがねさんとは、前作の『新選組オブ・ザ・デッド』公開時に、バナナマンの日村さんのラジオにゲスト出演したことがきっかけで仲良くなりました。なので、さがねさんと僕で高知の方へ飛んだのが最初なんです。
高知の方からの声がスタートだったとは。すごく興味深い
高知では有志の人たちとお会いしたり、歴史好きのおじいさんに連れられて、高知の偉人にまつわる名所を案内してもらったり。坂本竜馬ゆかりの「八畳岩」という、高知城や高知市街を見渡せる岩の上で、おにぎりを食べたりして、遠足みたいですごく楽しくて。
帰りの空港へ向かう途中に、武市半平太(瑞山)の旧宅と墓に立ち寄ったさいに、半平太が描いた美人画が飾ってあり、これがすごく美しかった。
元々、僕の持っていた武市半平太に対する印象は、どこか非情で冷血漢のイメージだったんだけど、彼の描いた書画を見ていくうちに「実直な人柄、誠実さ、芯の強さ」を感じ、印象ががらりと変わりました。
ここで武市半平太先生が登場ですね
そう。旅を終えて、武市半平太という人が一番、印象に残った。
「武市半平太を主人公にした映画はどうだろう?」というフィードバックを高知の有志の人たちにしたところ、ちょうど2018年が「幕末・明治維新150周年記念」という大きな節目で、高知県も「幕末維新博」という大きなイベントを開催することになっていて、すごくいいテーマなのではということになりました。
一般的な映画製作の流れとは真逆で面白いです
ただ、いわゆる時代劇として武市半平太の人生を描くというものではなく、もっと現代とつながっているような映画にしたかった。ちょうど偶然に、原作の「サムライせんせい」のコミックを読む機会があり「これだ!」と。武市半平太が現代にタイムトラベルしてやってくるという素晴らしい設定で、ぜひ、この原作を映画化したいと思いました。
高知の人たちの思いをカタチにできる抜群のタイミング
ついに本格始動ですね
2016年の夏頃だったかな。高知の有志の人たちは「監督が決まれば、映画が作れる」と思っていたようで、まずは映画づくりのチーム編成から説明をしていきました。それから本格的な映画制作のための準備を重ねました。
そして「サムライせんせい」の出版社に映画化の相談を持ちかけると、なんと原作者の黒江S介先生が高知県に移住して住んでいると聞き、直接黒江先生にお会いして映画化のOKをいただきました。
いろいろなタイミングと出会いが重なり、1年ほどで撮影にこぎつけました。1年というと、長く感じるかもしれないけど、映画製作の準備としてはあっという間なんですよ。
平行して、地元高知ではどのような流れだったのですか?
映画化の許諾が出たのが2016年の11月。と、同時に高知新聞で「漫画サムライせんせい映画化へ・高知移住の黒江S介さん原作」「可能な限り高知で撮影を行う」という記事が出ました。
ここから、本格的に撮影の準備に入り、現場のプロデューサーは撮影3ヶ月前から高知に住んで、地元のみなさんと人間関係を築きつつ、ロケ場所などを探してくれました。
高知県は、高知城をはじめ、旧家、各所が多く残っていて、海や山など、ロケーションも豊富で、しかもみなさんとても協力的だったので、撮影場所には困りませんでした。
高知県知事や市長にお会いし、国会へも足を運んだ
高知の方の全面的な協力があったんですね
そうですね、すごく協力してくれて高知城の天守閣でも撮影を行いました。高知城内で映画の撮影をしたのは、僕たちが初めてだとだと聞いています。すごく光栄です。
地域のみなさんはもちろん、尾崎正直知事、岡崎誠也市長にもお会いして協力していただきました。東京では、高知出身の国会議員の方にお会いするために、国会へも行きました。すごく不思議な気分でしたよ。これまでの自分の映画は、アウトローが主人公の反社会的な内容のものばかりですし(笑)。
ちなみに、高知の人たちはどんな印象ですか?
「はちきん」「いごっそう」という言葉に代表されるように、おおらかで豪快、明るくて親切、そして、とにかくお酒が好きという印象です。
「返杯」という渡された盃でお酒を飲んで、ふたたび相手に渡すという、高知ならではのカルチャーもあり、お酒の席が盛り上がりますね。
食べ物は、やはりカツオ。今までは、鰹のタタキはポン酢をかけて食べるイメージでしたが、高知で塩をかけて食べる「塩タタキ」を初めて食べて、ものすごく美味しかったです。
いつもの映画撮影とは違う流れはいかがでしたか?
確かに、一般的な映画製作の流れだと、映画会社とのやりとりから始まりますからね。今回は、高知の有志のみなさんの「映画を作りたい」という声からスタートですから、高知という土地が作った映画だと思います。
ただ、映画づくりというのは、常に一筋縄ではいかないものなんです。僕に託された以上は、必ず喜んでもらえる映画を撮ると決めて、撮影に挑みました。この1年は東京と高知を行ったりきたりしながら、『サムライせんせい』に没頭していましたね。
地元のオーディションは「子どもらしさ」を重視
では、キャスティングのこともお聞きしたい
武市半平太役は市原隼人さん。これ以上ないくらい、武市半平太のイメージにぴったりなキャスティングだと思います。これで、映画の芯の部分がビシッと通った気がしました。
坂本竜馬は、原作のイメージを踏襲しつつ、どこかミステリアスな雰囲気もほしかったので、忍成修吾くんにお願いしました。忍成くんは、僕の映画に主演してくれたこともあり、会うたびに「また映画やりたいね」と話しながらも、なかなかタイミングが合わず実現できていなかったけど、今回また一緒にやれて本当にうれしかった。
忍成くんは、この映画の撮影を終えたあとも「第44回龍馬まつり in 桂浜」にゲスト参加したり、「幕末維新博」のCMにも坂本竜馬役で登場しています。
高知の子どもたちをオーディションで選ばれたそうですね
地元の子どもたちがたくさん集まってくれました。みんな一生懸命参加してくれたので、全員、出演してほしかったんですが、今回は、芝居の上手い下手というよりも、子どもらしさを重視しました。
半平太の塾に通う子どもたちは小学生という設定ですが、撮影は長丁場で体力的にもハードなので、最初はできるだけ高学年の子を軸に考えていました。だけど、高学年の子たちは、オーディションではのびのびやれたのに、カメラを前にすると、急に萎縮してしまうことがあった。
困ったなと思って、少し歳が下の子に「このセリフ言える?」と聞いたら、元気よく「できる!」と返事があり、やってみたら子役の全員のセリフをスラスラと話したんです。
「ひょっとして全部、覚えてきた?」と僕が聞いたら、「たのしいから、全部覚えてきた!」と物怖じせず堂々と話す姿を見て、この子を軸にメインの子役を決めていきました。
予告編に出ていた半平太をかばうカワイイ男の子かな?
そうそう。子どもたちみんな本当に頑張ってくれました。すごく素直でいい演技ができていると思います。みんな土佐弁がネイティブで、しかも抜群にかわいい。押田岳くんや武イリヤちゃんの高校生役ふたりには、子どもたちの土佐弁をお手本にしてほしいと話しました。
実は、これだけ子どもたちがたくさんいる現場というのは初めてで、撮影前はどうなることかと少し心配していたけど、やってみたらすごく楽しくて、地元の子どもたちを起用して本当によかったと思っています。
目指していた以上の素晴らしい映画づくりができた
本当に高知産の映画に仕上がりましたね
テーマ曲「SAMURAI」を作曲した「いちむじん」の山下俊輔さんも高知出身ですし、後藤象二郎役と方言指導を担当してくれた西村雄正さんも宇佐町の出身で、彼ら以外でもスタッフも高知県出身の人たちが多く関わってくれています。あとは、僕が高知県へ移住したら完璧ですね(笑)。
最初の「高知で映画を作りたい」という有志の人たちからの相談が、『サムライせんせい』という映画になり、完成させることができて、ほっとしています。
やっているときは無我夢中でしたが、結果として、高知の土地の魅力や、素敵な原作、素晴らしいキャスト、スタッフに囲まれ、目指していた以上の素晴らしい映画づくりができたと思っています。
撮影中の高知の方々の支えも大きそうですね
深作欣二監督が「映画づくりは祭りだ」と言っていて、今回はまさにそんな感じ。今はSNSですぐ情報が拡散されるから、ロケ場所にびっくりするくらいの人が集まってきて、高知のみなさんの期待や熱気みたいなものを肌で感じながら、街中を走り回っていましたね。
最近、映画の撮影場所となったお菓子の老舗「浜幸」さんが、「銘菓 サムライせんせい」というお菓子を作ってくれました。ちょうど発売日に高知にいたので、はりまや橋の本店にふらりと寄ったらテレビ取材がきていて、「監督がいるぞ!」と、逆にびっくりされました(笑)。
「素敵なお菓子を作ってくださって、ありがとうございます」と、お礼を伝えたら、「初めて映画の撮影を見たが、監督や俳優さんたちの一生懸命さに、ぜひうちも、なにかお手伝いしたいと思った」と、すごくうれしい言葉をもらいました。
菓舗 浜幸〔土佐銘菓 サムライせんせい〕はコチラ 浜幸さんからのメッセージ『 “土佐銘菓 サムライせんせい” は、映画撮影のご縁はもちろんですが、これを機に映画を通して高知の良さを発信できればという思いで開発・商品化いたしました。高知の特産品を使うことで、生産者を守ることにもつながればいいなと思っています』
最後に、高知先行公開と、来年の全国公開に向けて一言!
11月18日からの高知先行公開では、まず高知のみなさんに映画を見ていただき、お世話になった恩返しをしたいです。いつも暮らしている高知の風景の中で、物語が進んでいくので、きっと、より物語を楽しんでもらえると思います。
また、今回の『サムライせんせい』は、僕の監督作品ではじめてR指定(年齢制限)がありません(笑)。毎回、レイティングの壁に阻まれていましたが、今作は子どもたちにも楽しんでもらえるオーソドックスなつくりになっています。
オーソドックスなつくりというのは、実はすごく難しいんです。奇をてらったもののほうが、珍しがられたりもするんですが、今回はどっしりとカメラを据えて正攻法で撮るスタイルで貫徹しました。
映画は、まずは薩長土肥での公開という、明治維新150周年にふさわしい公開の順番になっています。僕は、来年の全国公開含め、映画と一緒にまわれたらと思っています。
また、いろんな土地の人たちと、映画を通して出会いたいです。現代にやってきた武市半平太に会いに、ぜひ、劇場に足を運んでもらえたらと思います。
(取材・文 / たなべりえ)
渡辺一志
23歳の時、自ら脚本・監督・主演を務めた『19』を発表。海外映画祭で高い評価を得て、サラエボ国際映画祭では映画通で知られるアニエスb.氏の激賞を受け、新人監督特別賞を受賞。その後、アニエスb.のサポートにより、ヨーロッパ、アジア諸国で公開される。『スペースポリス』(2004年)、『キャプテントキオ』(2007年)、『新選組オブ・ザ・デッド』(2015年)など。『新選組オブ・ザ・デッド』は劇画界の巨匠・叶精作氏によりコミック化された。監督のみならず俳優としても三池崇史や林海象の作品にも出演。
2018年11月中旬、ついに東京公開決定!
【物語】幕末からタイムトラベルで現代へやってきたちょんまげの侍。それは幕末を行きた高知出身の志士・武市半平太。尊王攘夷か公武合体かで国論が揺れていた幕末期、失脚して、投獄の身であった⼟佐勤王党盟主の半平太がふと目覚めると、そこは何故か平成の日本。ひょんなことで学習塾を経営する老人・佐伯に助けられ、佐伯の好意によって佐伯家に居候することになる。半平太は、幕末と平成との間の様々なカルチャーギャップに戸惑いながらも、サムライの格好のまま、佐伯の経営する学習塾を手伝うことに。当初は、子どもたちや町の人々から好奇の目で見られたりしたものの、持ち前の真面目さや温厚な人柄で、人々の信頼を得てゆく。平成の世の中での暮らしに、なんとかなじめてきたある日、楢崎梅太郎と名乗るジャーナリストが半平太を訪ねてやってくる。楢崎の正体は、半平太の盟友にして幕末の英雄・坂本竜馬だった!
- 出 演
- 市原隼人 / 忍成修吾、奥菜恵 / 押田岳・武イリヤ / 橋爪功 他
- 監 督・脚本
- 渡辺一志
- 原 作
- 「サムライせんせい」(著者:黒江S介/リブレ刊)
- 上映時間
- 93分
- 公式サイト
- samuraisensei.com