市場に行かない八百屋と本当に美味しい野菜の話(前編)
みなさんは、”八百屋”と聞くとどのような仕事をイメージしますか?
一般的には、「市場に行って野菜を仕入れ、店頭で販売する」という仕事を思い浮かべると思います。
香川県高松市にある八百屋「SANUKIS」代表の鹿庭大智さんは、独自の手法で生産者の思いを伝えながら、安心安全な野菜を販売しているそうです。
“食”への関心が年々高まり、国産、オーガニック、全国各地のブランド野菜への注目も集まるなか、「八百屋 SANUKIS」独自のスタイルとは一体どのようなものなのでしょうか?
先日、そんな鹿庭さんを迎えて開催された「SANUKIS 鹿庭大智さんと四国野菜を知る会」に参加してきました。
美味しいものに目がない私は「四国の美味しい野菜が食べれるよ!」と聞きつけて参加したのですが、「SANUKIS」が他の八百屋さんと違う理由、「本当に良い野菜」とはどういうものなのか、消費者としてとても為になる話をお聞きすることができました。
今回は、その模様を前・後編に渡ってレポートします!
当日は、野菜や料理に関心のある方、四国出身の方など、幅広い年齢層の女性を中心に10人程度の参加者のもと実施されました。会場のテーブルには、「SANUKIS」で販売されている野菜が並びます。
場所は、神谷町の一角にあるコミュニティスペース「ORANGE brainery」。
“アイデアのまちあわせ場所”として、さまざまな分野の仕掛人によるイベントが開催されています。
イベントは、「僕、仕入れに市場に行かないんですよ!」という鹿庭さんの言葉から始まりました。
八百屋なのに市場に行かない…? 一体どんな八百屋さんなのでしょうか。
まずは、鹿庭さんと「八百屋 SANUKIS」のこと、八百屋をはじめた理由をお聞きしました。
アスパラ農家から八百屋に転身
植物や土が大好きだった鹿庭さんは、大学卒業後、アスパラ農家に就職。毎日を農家として過ごすうちに、「栽培の難しさや栽培方法、いちばん美味しい時期、質の高い四国野菜をより多くの人に知ってもらいたい。野菜で地域全体を元気にしたい」と考えるようになったそう。
そのためには販売する側の経験が必要だと考え、八百屋を運営する会社に転職しました。
しかし初めて店頭に立ったとき、あることに気が付きます。
「自分が関わっていた野菜以外については何もわからないことに、店頭に立って初めて気付かされました。自分が農家で働いていたからこそ知ってほしいこともたくさんあったのに」
美味しい野菜や果物を選ぶときはどんなものを選んだらいいの?
保存方法は? 味の違いは? どんな野菜が体にいいの?
お客さんからは毎日のようにさまざまな質問を受けます。
「それをちゃんと説明するために、仕入れている野菜全てについて、どんな人が、どんな作り方をしているのかを知る必要があると思いました。それには農家に実際に足を運んで土づくりから育て方まで聞くしかない」
そこで、鹿庭さんは「畑に行く八百屋 SANUKIS」を立ち上げることになります。
畑に行く八百屋=市場に行かない八百屋
「SANUKIS」では、鹿庭さんやスタッフが農家の畑に足を運んで、目で見て、触れて、実際に食べてみて、“本当にこれは美味しい”と思えたものを市場を通さずに直接仕入れています。
その理由は、農家の経験があるからこそ、つくり手の思いも伝えたいという鹿庭さんの強い思いから。
「市場に良いものが無いわけではなく、それをどんな人がどんな気持ちでつくったのかを知って扱う方が、野菜の質に加えて”人間味”が出るのだと思います」
もちろん市場に行って仕入れることもできますが、自家製の有機肥料を見たり、農薬を使わないように育てる工夫を見せてもらったり、剪定の仕方で果物の味が変わることを教えてもらったり、出向いて行くから教えてくれることがたくさんあるそうです。
たしかに、野菜は”モノ”ではなく、農家さんが時間をかけて栽培した”食べ物”。 クリック一つで野菜が手に入るサービスもとても便利ですが、畑に行って見聞きした人から説明を受けて買う野菜と比べると、わたしたち消費者側の気持ちも変わってきますよね。
既存の流通経路にも乗せないので、味や鮮度を保ったまま提供できるのはもちろん「普通は出荷しない規格だけど、実はこっちが美味しい」というのもあったり、「美味しいけど少量しか取れないから出荷してなかった」というものが手に入ることもあるそうです。
そんなレア野菜が味わえるなんて、「SANUKIS」のお客さんがうらやましいですね(笑)!
さぬき野菜をつくる”こだわりの農家”との交流
今では、農家さんとの信頼関係のもとに成り立っている「SANUKIS」ですが、鹿庭さんがこのスタイルで八百屋を始めた当初は困難続きだったとか。
「畑に行って仕入れたいとお願いしても、農家さんが卸してくれなかったんです」
品質も味も確かな野菜をつくる農家はこだわりが強く、いわば職人。県外からも大人気で、なかなか野菜を仕入れさせてくれず、会いに行っても相手にすらしてもらえないこともしばしば。八百屋が直接畑に来るというスタイルも驚かれるばかりだったそう。
しかし、毎日毎日畑に通って思いを伝え、少しずつ仕入れの数と野菜の種類を増やしていくことができました。
近頃は、収穫作業を手伝ったり、農家直伝の美味しい料理法を教えてもらったりすることも。栽培方法へのこだわりや苦労を共有することで、野菜への思いも一層強まっていくそうです。
「SANUKIS」の野菜に付くPOPには、産地や生産者の名前はもちろん、野菜の特長やおすすめの食べ方、農家さんとの会話や近況まで記されています!
正直言うと、普段の私は価格と産地くらいしか気にせずに購入していましたが、生産者の人柄や、どのようにつくられた野菜なのかを知ると、より食材への愛着と安心感が沸き、それに見合った金額を支払いたいという気持ちになりました。
食べ物で地域を育てたい
市場を通さずに自らの足で畑に通うスタイルを貫く鹿庭さんですが、「本当に美味しくて安全な野菜と生産者の思いを届ける」という目的のほかに、「食で地域を元気にしたい、地域を育てたい」という思いがありました。
「四国にはこんなにも高品質で美味しい野菜があるのに、それが地元の人々に知られていない…。なんでも県外に出せばいいというわけではない」と感じていたそうです。
「食べ物が人を育て、人が育てば地域が育つ。地方にこそ質の高いものが根付いていることが大切なんです」
そこで、農家さんから見聞きした情報をお客様に正確に伝えることはもちろん、地元の小学生や、「SANUKIS」が野菜を卸しているレストランのシェフを畑に連れて行って、食材により関心を持ってもらえるよう取り組んでいます。
農家さんとしっかり関係を築けているからこそ実現できる取り組みですね。
「つくる人、運ぶ人、買う人、料理する人、食べる人。そのすべての人がどう繋がるか、何を思ってつくるかで地域のつながりや意識が変わります」
地元でつくられたものを地元で消費することは、その地域の衰退を防ぎます。鹿庭さんの取り組みを聞いて、生産者と消費者の結びつきを強めることが安全性と質の向上にも繋がり、それに伴う正当な対価という概念が生まれるのだと思いました。
便利さや価格に目がいきがちですが、消費者であるわたし達が「きちんと良いものを選択」することが本当に豊かな社会をつくるために大切になってくるのだと実感します。
後編では、「”本当に良い野菜”がどんな野菜なのか」についてお伝えします。
良い野菜って無農薬なこと? 甘いこと? 虫食いがあるのは薬を使ってない美味しい野菜の証拠?
…一体どれが正しいのでしょうか?
畑に足を運ぶ鹿庭さんだからこそ知っている目から鱗の”良い野菜”のお話です。