【お出かけルポ】菌と共に生きる酒蔵「寺田本家」。昔ながらの自然酒造りで、旨くて体にいい日本酒を醸す、寺田本家。@千葉
日本酒と一口に言っても、安価な酒もあれば、手間暇・時間をかけて造られたものまでさまざま。
そんな中、創業から340年以上続く酒蔵、寺田本家では昔ながらの方法でできるだけ手作業で、自然なやり方を大切にする杜氏が、こだわりのお酒を造っていると言います。
そんな寺田本家の酒造りとはどのようなものなのでしょうか?
寺田本家の蔵見学に行ってきました!
生きた菌を頂く
蔵見学の前に向かったのは寺田本家さんの蔵の敷地内にある「カフェうふふ」。
こちらでは酒蔵ならではの「醗酵」の力を存分に味わえるランチが頂けます。
もともとアパートだった建物をリノベーションしたカフェは、外に手作りのブランコもあり、手づくりの温かみを感じられる趣です。
今回頂いたランチは玄米ごはんとスープに、6種のおかずが盛られたワンプレート。そして梅の酵素ジュース。
おかずは自家製の甘酒や糀、酒粕などを使った料理。
どれも素材そのものの味をしっかりと感じられるものばかりで、旬菜のぬか漬けやひじき煮など定番の美味しさもありましたが、中には「サブジ」というじゃがいもをスパイスで炒め煮にしたインド料理も!
伝統製法にこだわる酒蔵のランチということもあり、もっと純和風で堅いものをイメージしていましたが、昔ながらの美味しさも感じられつつ、新しい味わいの発見もあるランチでした。
菌と共に生きる酒造り
ランチの後は、いよいよ酒蔵の見学へ。
24代目当主の寺田優(てらだまさる)さんが案内してくださいました。
優さんは、「菌を大切にした酒造り」を心がけていると言います。
寺田本家は千葉県香取郡で江戸時代から300年以上の長きにわたり酒造りを続けている老舗の酒蔵です。一度は近代的な酒造りにシフトした時期もあったそうですが、いまは自然で昔ながらの方法を大切にしているのだそう。
できる限り「手」で。
「手」で造る。
それは単に「手づくりする」ということではなく、ここでは素手で酒米に触れて糀づくりをはじめとした酒造りをすることを指します。
かつてはどの酒蔵も杜氏さんが手で行っていた作業も、今では「効率化を図るため」、「衛生面を考えて」と機械化されたり、余計な菌が入らないような管理がされた環境で酒造りをするところがほとんどだそう。
一方、案内された寺田本家の蔵は、外と内の境界が曖昧な昔ながらの趣のある造りです。
「雑菌を嫌う酒蔵がほとんどですが、うちはむしろ逆。菌大歓迎なんです。」
そう言って見せていただいたのは酒米を水に浸けた樽。上澄み液にはぷくぷくと気泡がのぼってきています。
優さんは、「造り手が酒造りを思い出すような酒造り」をしていきたいと言います。
かつて、「職人」の仕事だった酒造りは、勘を頼りに素材と向き合い、自然の菌に身を委ねて造られていました。しかし、全てがオペレーション化された酒蔵では「オペレーター」の業務になってしまう。
それがいい悪いという話ではなく、「自分たちは職人であり続けよう。」それが寺田本家の出した答えだったのだと言います。
すぐ隣にある大きな釜は酒米を蒸すためのもの。
地中に埋められた大きな蒸し釜に薪をくべて米を蒸す構造は昔ながらのものなのだそう。
酒米を蒸したら、次は糀をつくる糀室(こうじむろ)へ。
見せてもらった「種糀」は、なんとも怪しげな深緑色!!これがあの真っ白な糀の素になるなんて不思議です。そして、この種糀は「蔵付き」といって、この酒蔵に住み着いている天然の糀から直培養したものなのだそう。
いまでは人工的に培養したものを購入して使う酒蔵が多いそうですが、やはり菌もその土地、その場所によって異なり、できる酒の味わいも大きく変わります。
つまり、この糀は「寺田本家の味」に欠かせない存在なのです。
そしてこの糀づくりは「醗酵熱」という菌が増える際に発する熱のため、44〜50度にもなるそう!
そんな環境の中、手で糀を混ぜながら3日間見守り、ようやく酒造りに欠かせない糀が完成します。
「よく人は、「いい菌」「悪い菌」なんて言いますが、それは人間の都合なんですよね。いらない菌を排除して、欲しい菌だけ使うのではなくて、菌と付き合っていかなければ。」
そんな寺田本家では、「糀づくりの天敵」とも言われている納豆菌ですら、持ち込まないようにといった注意は特にしていないのだとか。
「酒造りは、「一糀」「二酛」「三造り」と言います。糀は、いまお見せした糀づくりのこと。「二酛(にもと)」の「もと」とは酒の元となる「酒母」のことです。これから次の工程、酒母づくりをご説明しますね。」
「自然」にこだわる酒母づくり
次に見せていただいた蔵の中は、酒母づくりをして酒を醸すための「酒母室」。
酒造りは冬に行われるので、今は実際の酒造りは見られませんが、酒母づくりの工程を教えていただきました。
優さんが取り出したのは、年季の入った柿渋の塗られた桶。
酒母をつくるために、この桶で蒸した酒米と糀を「櫂(かい)」と呼ばれる木の棒ですりつぶしていきます。
この作業を手で行うだけでもかなり手間がかかり、十分すごいのですが、実はここでも寺田本家の「菌」へのこだわりが。
他の酒蔵では、ここでまた人工的に乳酸菌を投下したりするのですが、寺田本家では空気中にいる乳酸菌が自然に降りてくるのを待つのだそう。
「酒母づくりは、蔵人総出で行う大変な仕事です。そんな作業を楽しくするための「酛すり唄」という唄があるので、一節唄わせていただいますね。」
そう言って優さんはリズミカルに櫂を桶の中で動かしながら、蔵全体に響く唄を聞かせてくださいました。
ゆったりとした民謡のように落ちついた、それでいてどこまでも響いていくような唄声で、一定のリズムを刻んでいきます。
「この唄は、地道で大変な作業を楽しむためもありますが、酒の仕上がりにも影響するんですよ。無言で黙々と米をすりつぶしていたら、人によって力やスピードが違って、すり上がりに差がでてしまう。そこで、この「酛すり唄」を唄うことで、櫂を動かす速さが一定になり、余計な力も抜ける。」
「そしてこの唄は1回歌うのに15分もかかるのですが、米の蒸し具合や糀の出来上がりを見て、何番まで唄うかを決めたりもするんですよ。」
いまの時代、温度や時間といった数値を基準に行われる「品質管理」ですが、かつては唄が唄われていたなんて、昔の人の知恵には驚かされます。
手で丁寧にすりつぶされ、ドロドロになった米は、50日ほどで乳酸醗酵が進み、元気な酵母が育つのだそう。
こちらがそうしてできた酒母。耳を澄ますとプチプチと醗酵する音がして、「菌が生きているんだ!」と不思議な気持ちに。味は乳酸発酵した酸っぱさの中に、ほのかな甘みが。
蔵には、そうして手間暇かけて造られた酒母を入れて醸造するための大きなタンクがたくさん並んでいます。
足場の上にも上らせてもらいました。
このタンク1つでなんと2000本もの日本酒ができるのだそう!
ここで、あの味わい深い日本酒が醸されているのかと思うと、日本酒好きとしては感慨深いものがあります・・・
実は、酒好きは酒好きでも、寺田本家の日本酒がとりわけ大好きなわたし。
待ちに待った試飲タイムに!!
お米を無駄にしない、旨味たっぷりの酒
寺田本家さんと言ったら、「五人娘」「香取」が有名ですが、酒造り全体に共通しているのは「純米」であること。そして、「精米歩合(せいまいぶあい)」が高いこと。
「純米」というのは、醸造したお酒だけでできているという意味です。
「純米」に対して後から醸造したアルコールを添加したものを「本醸造」と言い、精製したアルコールで薄めているため、悪酔いをする人も多い(私も)と言われています。
「精米歩合」とは、どのくらいお米を削っているかという意味です。
実は、酒米は精米しただけでなく、そこからさらにお米を削ることで雑味がなくなると言われています。
「精米歩合」は削らず残っているお米の割合を示すので、削りが少ないほど「精米歩合が高く」、削りが多いほど「精米歩合が低く」なります。
そして、中心に向かって60%にまで削ったものを「吟醸酒」50%にまで削ったものを「大吟醸」と言います。
つまり、お米を4割、あるいは半分近くも削って捨ててしまっているということです。
確かに、米を削ることですっきりと、飲みやすい口当たりにはなりますが、コストがかかるので高額に。精米歩合が高いお酒は一般的には安価なイメージを持っている方も多いと思います。
しかし、「精米歩合が高い」=「まずい」というのは大きな誤解があります。
米を削らないことで、米の個性や旨味の生きた味わい深い酒になるのです。
しかし、
「削らない米で旨い酒をつくるのは難しい。」のだそう。
「菌」のお話同様、お米も「いらないものを排除」すれば一定の味にはなるけれど、さまざまな菌や、お米の個性も活かす、蔵人の「職人としての技量」があってこそ、旨い酒を醸すことができるのです。
「そして、味わいはもちろん、農家さんが作ってくれたお米を極力無駄にしない酒造りも、私たちが大切にしていることです。」
そして、そういうお酒は「飲み飽きない」のです。
お酒も「ハレとケ」の暮らしと似ていて、贅沢はたまにだからいいものなんだと思います。どんなに美味しいご馳走も、毎日では飽きるし体にも悪い。
栄養も豊富で味わい深いお酒は、飲むたびに新しい魅力を見つけられる。
そんな気づきを寺田本家の日本酒は教えてくれる気がします。
そんな中でも、今回はじめて飲んだ「むすひ」は、なんと発芽玄米を使った日本酒です。その黄色い見た目からしても、日本酒とは思えない風貌。味わいも乳酸菌の酸味がしっかりと、それでいてひねた味ではなく、炭酸ガスの微発泡もありフレッシュさも感じられます。
発芽玄米、つまり、まだ芽を出すことのできる「生きた米」と「生きた菌」でできた酒だけあって、エネルギーを感じる一杯。瓶の中でも菌が生きているので、冷蔵庫の中でも日々風味が変わっていくのだそう。
さいごに
時間はかかるし、失敗してしまうリスクもあるしで、大手はまず手を出さない、「自然」な酒造りで多くの日本酒好きを魅了し続ける寺田本家。
文字通り「手」をかけて造られたお酒であることはもちろん、その手を通じて造り手の想いや魅力そのものも顕れる日本酒の味わいを、ぜひ一度味わってみてはいかがでしょうか?